藤原秀次郎氏は1940年に神奈川県生まれ。1963年に慶応大学を卒業後、家業を経て、1970年に株式会社しまむらの前身・島村呉服店に入社します。島村呉服店を経営していた島村オーナーは、すぐさま藤原氏の経営者としての才能をすぐに見出します。
▲全国に1000以上の店舗を構える洋服店のファッションセンターしまむら
島村オーナーは、藤原氏にしまむらの重要な役割を与えてどんどん昇進させていきます。藤原氏はその期待以上の働きをします。例えば、しまむらのチェーン店展開を企画。店舗を増やしていくことで堅実に売り上げを増やしていくことを考えました。さらに、コンピューターがほとんど普及していなかった1970年代にコンピューターを導入。しまむらの各店舗をオンラインで結び、在庫管理から発注までコンピューター制御による独自システムを構築します。さらに、しまむらの自社内に物流システムを構築しました。商品を自分たちが所有するトラックで運搬し、夜間のうちに商品を各店舗に届けるサイクルをつくることで、大幅なコスト削減に成功します。
藤原氏が入社して間もない時期には、洋服店のファッションセンターしまむらは、埼玉県内に数店舗しかない弱小の洋服店でしたが、埼玉県内に数店舗が完成した段階で、藤原氏はそれを全国規模に展開していくことを考えます。1990年、藤原氏は49歳という若さで、株式会社しまむらの代表取締役に就任。以降も、ファッションセンターしまむらの全国展開に大きく貢献し、ファッションセンターしまむらは、全都道府県を制覇。全国に1000以上の店舗を構える巨大組織にまで洋服店のファッションセンターしまむらは成長を遂げたのです。2005年、藤原氏は会長に退き、野中正人氏に代表取締役の椅子を譲りましたが、現在でもファッションセンターしまむらの成長に大きな影響を与えている人物のひとりです。
創業当初、島村呉服店(しまむらの前身)は、埼玉県内で細々と経営を営むごくごく小さな呉服店にすぎませんでした。そんな島村呉服店が、全国に1000以上の店舗を有しユニクロを追随する全国2位の売上高を誇る企業にまで上り詰めるとは誰が予想したでしょうか。そのファッションセンターしまむらの躍進は藤原氏の手腕なくしてなかったはずです。また、藤原氏の若い才能を見出し、重要なポストを与えながらのびのびと育てていった創業者・島村オーナーの手腕も大いに評価に値すると思います。